中学受験の国語の必須マスターのひとつ、倒置法はハチワレがお手本になる
小学生の国語で習う表現技法は、比喩、体言止め、対句、などいろいろあるが、特に中学受験では必須マスターの項目になる。本文からこの技法を抜き出しなさい、とか、これは何という技法でしょうか、と問われるも、いまいちわかってない子供たちは国語嫌いになる。
そうなのだ、文章なんて好きに読ませてもらいたい。それを的確に理解しているかどうかの判断なんてしてもらわなくていいのだ、と思うだろうけど筆者の意図する点がまるで読み込めてないまま、終わられると、ちょっとちょっとココの意味、こういうことなんだよ、と横からつっこみたくなる。予習シリーズ国語四年の行宗蒼一の「勉強っていやいやするもの?」
読書感想文なんてものが存在するから子供たちは本嫌いになる、というのは言い得て妙だ。読み終わったあと、その理解度を他人に判断されるのだ。すると、子供たちはだんだん大人に〇のもらえる文章を書こうとし始める。漫画だって読まない子も多い。せめて漫画でも読んでたらストーリーを追う楽しさを知れるけど、ショート動画とかいう一瞬で落ちが付くようなものを延々スクロールしていたらドパガキになる、とどこかで聞いた。
おいしいね、おにぎり。
消えちゃったね、風船。
またいこうね、山登り。
これらは全て倒置法だ。本来、おにぎりおいしいね、だし、風船消えちゃったね、だし、山登りまたいこうね、なのだが、あえてひっくり返すことで新鮮な表現となる。でもこれって全部、ハチワレなのだ。ちいかわに話しかけてるハチワレはちいかわがウゥっとかひゃっ、とか唸ってるあいだに、どんどん気持ちを代弁してくれている。その話法にちょくちょく出てくるのが倒置法なのだ。
大人になったら倒置法と意識してなくても使っている。ハチワレは気持ちが先に出て、あ、ちょっと言葉足らずだったかな、付け加えとくよ、わかってると思うけど。という感じで後から主語を足すのではからずも倒置法になっているのだ。


