リリーフランキー"東京タワー"もホームレス中学生も読書感想文は母の目線
麒麟の田村くんと母、リリーフランキーさんとその母。どちらも母と息子の話だ。だから、高校生とかが読書感想文書くのなら、それぞれの主人公に自分を置いて読み進めるだろう。だが60手前の自分が読むと、主人公たちは息子に脳内変換されてしまう。読書感想文『ホームレス中学生』は母親目線で読むと涙腺が崩壊します
リリーさんの生い立ちは複雑だ。ぼくとオカンと時々オトン、というサブタイトルもあるから、父親も要所要所で登場する。だが、メインは幼少時の自分と母親から、現在売れっ子になるときまでが綴られている。小さな男の子がママ大好きっというのは、もう当たり前だが、リリーさんは、お母さんが亡くなるまで、いや、亡くなった今もずっと大好きでい続けてるということがよくわかる。そして、それは自分だけでなく世の中の男たちはみんな大なり小なりそういう気持ちを持ち続けてるのだ、ということがわかる。もっと言っちゃうと、そういう気持ちを持ち続けられる男はしあわせで、そこは母の力量かもしれない。
母親だって、ある日突然、母親になるのだ。前から用意周到に練習するわけでも、念入りに授業があるわけでもない。ちゃらちゃらと過ごしてきた若い女性が出産を機に、突然、母になる。これは頭ではわかっていても、なかなかのショッキングな出来事だ。将来は子供をもって、、なんて夢描いてるときとは違う。公園で子供を遊ばせてるママさんたちがうらやましくて、、と漠然と描いていたころとは違う。なにが違う、って、24時間が自分のものでなくなってしまうのだ。当たり前のように寝る、食べる、トイレ、といった生理現象が制限される。いつまで続くの?と気づいたときに初めて、あぁ、ちゃらちゃらしてたんだわ、今までの私は、と気づくのだ。
子育ては母たちが彼女らを殺して、子供にささげる勲章かもしれない。それもこれも、嫌いや、するわけでなく、喜んでしていくのだ。あの子が喜ぶかな、あの子が安心するかな、あの子が立派になるかな、、全部ぜんぶ子供の喜びのために母たちは一生懸命考えていく。そこには取扱説明書はなく、よその子育ては役に立たず、どの母親も各こどもにとっての幸せを全身全霊で考えていく。リリーさんはそんなお母さんを消しゴムに例えられていた。小さくちいさくなっていくお母さん。
私は自分が母の目線で思うに、息子に、可哀想がられるのは息子を不幸にしてしまう、と思った。息子にうちのオカンは幸せだなーっと思ってもらうのが息子にとっての幸せであると感じた。子供が小さいときは、息子の人生を一緒に背負っているが、子育てはあっという間に終わる。だが、親子の縁は永遠に続く。子育てが終わってからふと子供たちが自分の親を振り返るようになった時、あぁうちの親は助けてあげたい、って感じじゃないな、楽しそうにすごしてるな、と思えるような老人になっておくことが自分にとっても子供にとっても良いんだな、そんな感想を持った。


