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高校一年生の現代文国語の教科書の三浦哲郎の『とんかつ』の読書感想文

三浦哲郎という著者も知らなかったし、とんかつ、という作品も知らなかったが、教科書に出てくる有名な課題の一つらしい。でもえびフライの話は知ってた、盆土産、だ。

教科書に選ばれる作品というのは時代とともに変わっていき、かつての名作が現代ではタブーなど、捉え方もそれぞれなのだそうだが、自分が高校生の時に教科書から学んだ記憶している作品はただの一つもない。高校時代を無駄にすごしたことを後悔している。先生方は当時あの手この手で良い作品を提示してくれていたにちがいない。夏目漱石の『こころ』も大人になってから読んだし、読んで良かった作品になった。【読書感想文】「こころ」夏目漱石を40歳過ぎてから初めて読む

この『とんかつ』という作品はとっても短い。ネット上で公開されているから誰でもタダで読める、今すぐ。

ネットで読むと便利なことに、知らない単語がすぐ調べられる。読めない熟語もぐぅーっと押して青く選択できたら、調べる、を押す。すぐ読めるし意味わかるし、スッとする。リアルな本ならこうはいかない。多分、こんな読み方だろうなぁ、多分こんな意味だろうなぁ、で流す。

母と息子の話だ。

旅の者としてやってきた親子がどうも、胡散臭い。まさか心中とか?!って話題になるも実は息子がお坊さんになるためにはるばるやってきたことがわかる。しかも好きでなるわけではない。住職であった父親がバイク事故で亡くなり、まだ中学生の息子が仕方なく母の元を離れて修行にやってきた、といういきさつ。

可哀想!

まだ中学校を卒業したばかりの15歳。本当なら、高校へ進み、それなりの大学に進んでから修行して父の跡つぎになる予定だった。お父さんを亡くしただけでもかわいそうなのにお母さんとも離れ修行の道へ。タイトルのとんかつは彼の大好物だが、僧になる人は殺生をしてはならないから肉は食べられない。

可哀想!

宿屋の主人の目線で書かれているから、読者も同じ気持ちで、母息子の別れ、大好物のとんかつが一生食べられないという別れ、かわいそすぎ。最後は宿主のはからいでとんかつがふるまわれる。

これを高校生に読ませる、ということはどういう想定があるのだろう。

君たちと同じ年齢で、もう人生決められた子がいるんですね、だろうか。好物の食べ物も絶たれ、母とも離れ、修行することが当たり前の15歳がいるんですね、だろうか。どっちにしても、君たちはとても恵まれてるんですよ、になってしまう。まぁそうなのだろうけど。一般の高校一年生なら、先生方は、君たちは将来どうするつもりですか、何になろうと思ってますか、そのためにはどうすればよいと思いますか、という質問をされ続けているだろうから、この作品もその一環になるのだろう。

大人になると15歳の時なんてなんも考えてなかったことに気付く。もっとずっと後になってからあーすればよかった、こーしといたらよかった、というのが出てくる。で、その時に、そういえば周りの大人たちは、そういってたな、と振り返る。

思うのだが、早く気づいた人勝ちなのだ。

おそらくこの感想文も、自分は今恵まれてることに気付きました、というしめくくりが多いと思う。それは本当に思ってるわけじゃないけど、そう解釈しましたよ、とアピールすることが一番めんどくさくないから、そう書いとく、に過ぎない気がする。でも高校生だけじゃない、どの人も幸せととれる面と不幸せととれる面を二つ持ってる。いかにその幸せの面に感謝出来てるか、これに早く気づいた人が人生の勝ち組になるのではないか、と思う。大人になっても感謝できない人はいる。口で言ってても心の中は芯から感謝してない人もいる。人より多く幸せをもってても、不幸せの面にしか目がいかないひともいる。

息子が小さいころ、寝る前のやりとりがあった。

お風呂に入ってからだも綺麗でさっぱり、お腹もふくれてる、どっこも痛くなくて、あたたかいお布団にはいってる、よこにお母さんがいる、おれ幸せ

もはや儀式化してたやりとりだが、あれは真だ。

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