『セールスマンの死』でカルチャーショック“Death of a Salesman” showed me the way to enjoy
イギリスに行ったのは1988年だから、もう40年ほど前になる。今から思うと、なぁんにもわかってなくて、よく行ったなぁ、と思う。わかってない、ってのは向こうの事情ではなく、日本での一般常識のこと。例えば、料理、洗濯も出来ない、政治やお金の仕組みだってわかってない、飛行機だって乗り継ぎして、よくドバイ経由で到着したな、と。今みたいにネットがあるわけでも無し、スマホがあるわけで無し、そもそも英語が話せるわけでない。なのに、行きたい!という気持ちが強く、一年休学して行った。あと先省みず。
若いって強い
まだ到着して日も浅い時、ウロウロと街を歩いてたら、Death of a Salesmanの看板が目に入った。
知ってる!!
まずそう思った。これ知ってる、私、大学でやった!って思った。英文学科だからどの授業だか、一般教養だかの授業で、セールスマンの死、聞いたことある!って嬉しくなった。聞いたことある、っていうレベルが悲しいけど、渡英して何かしら自分の知ってるものに出会うことは、ものすごく嬉しい。だって無いからね。毎日毎日、知らない環境、初めて見るもの、初めて知ること、の連続。そんな中見つけた街角の映画のビラ。
この映画見たい!
映画館にどうやって入るのか、当然知らないけど、どうにかチケット買って入ったことは覚えてる。イギリスの人はみんな良い人。あっちでもこっちでも、アジアの女の子が一人で困ってたら誰かれ無しに救いの手が。あの頃の皆さん本当にありがとう。一年以上過ごしたけどイギリスには良い思い出しかない。Lovely scent from England イギリスのいい匂い
その映画館で受けたカルチャーショック、
めちゃめちゃみんな笑う、ということ(笑)
この作品は笑うストーリーではない。だってエリートが仕事を失い、夫婦も上手くいかず、息子も自立せず、、自殺してその保険金で家のローン完済。今で言う、子供部屋おじさんみたいな問題とか、鬱であったり家族のボタンのかけ違いとか、幸せってなんだろう、、がテーマのように思う。そんな重い映画だが、始まるまでに予告があったり広告があったりしたと思う。その館内は、ほとんど地元の英国人だと思うが、彼らの映画の楽しみ方に、度肝を抜かれた。
まず食べ物持参。今でこそ日本でもポップコーンとか当たり前だけど、当時は映画を見るだけ、食べ物なんて他の人の迷惑になるやん、匂いとか音とか、とビクビクした。なので、ちょっと館内は食べこぼしもあったりで、あぁそういうこと気にしないんだーと思いました。そして何より、笑う笑う。。それも、え?このポイントで笑うんだ。という、、(笑)
日本人なら、笑うっていうても、声出して笑うのは漫才とか、笑劇というか、よほどの場合、って感じだけど、向こうの人達は、ちょっとした言葉遊びみたいなのでガンガン笑う。手叩いて、肩上げて、腕回して笑う。いや、そこまで?って(笑)なんだろう、笑いに来たんです、ぐらいの勢いで。
あぁ違うんだ。と思った。話す言葉が違うだけ、じゃないんだ。感性も違うんだ。イギリスに来て、イギリスの家庭でホームステイして、いろいろ違うこと知ったけど、笑いが違う。私達、まず初対面でニッコリするけど、彼らはにっこりしない。出会って知り合いになって初めてにっこりをいただく。日本人は誰にでもにっこりするが、彼らは、あなただけよ、とにっこりするので値打ちが違う。
ホームステイ先のホストマザーが電話に出るとき、いつも、ハローが暗い調子だった。そして、相手が知り合いとわかると、オー、ハーイ!、と俄然トーンをあげる。あなたじゃなかったらトーンをあげないのよ、だ。日本人はちがう、さいっしょっからトーンをあげる。よそいきの声で電話は出るもの、だった。だから電話を終えるとどっと疲れる、外から帰るとどっと疲れる、他人と会うとどっと疲れる。
今日本にたくさん外国人がやってきて、我々のホスピタリティに感動したり、秩序正しい生活スタイルに喜んでいると聞くが、それは相手も同じ感性だから成り立つことだ。国際結婚したカップルが長く暮らしていくとどうしても分かり合えないものが出てくる、って聞いたことあるけど、異文化って大きな壁なんだな。


