なめとこ山の熊、で宮沢賢治が伝えたかったこと
これはファンタジーではないのだ。おとぎ話の熊がおれにむかってしゃべってきた、ということではない。宮沢賢治といえば童話がたくさんあるが、これはもの悲しさが全面にひろがるエレジーなのではないか。【読書感想文】太宰治の猿ヶ島とスピッツのエスカルゴ
物語が描かれた当時は明治時代。政府は戦争の準備のためか、山で生活をしている人たちにとっては死活問題となるような規制をたくさんしたらしい。唯一出来たことが、熊を狩って生計をたてることだった。東北の彼らはまずしい。まずしいうえに教育を受けていない。生きていくために就職することも不可であれば、他に手立てはなかった。そんなマタギへの悲哀の物語なのだと思った。
熊はあと2年たったら死んでくれてやる、との約束通り小十郎の家の前で血を吐いて死んでいた。後2年。これは熊にとって子育ての期間だったのだろうか。子熊が巣立ったらこの世に未練はないのでお前の生計のたしにしてやってもよい、という意味だろうか。小十郎のために死んだ熊。そんな彼らを下にみてじらす問屋。最後は熊に殺される小十郎。そしてその亡骸は熊たちによって弔われる。小十郎の顔には、なんだか熊に殺されてよかった、という影が見える。これまでたくさんの熊たちを、罪のない熊たちを自分たちが生きるために殺してきたマタギ。宮沢賢治は仏教をあつく信仰していたと聞くから殺生は許せないはず。熊を殺し熊に殺される。小十郎は熊に殺されることで人生を締めくくりたかったのではないか。ずっとずっと殺した熊たちのことを申し訳なく思ってきてたのではないか。自分だって出来ることなら違う方法で生計をたてたかった。熊とだって共存できるほうが良かった。熊にだって子供がいただろう。自分を殺すか相手を殺すか、そんな二者択一の人生を恨んだことだろう。
今自分は正しい行いをしているか。考えろ考えろ考えろ。もっと出来ることがあるのではないか。大切なことに気付いてないのではないか。考えて考えて。そんな風に思えたのだった。


