Poem

般若心経をカジュアルに生活に取り入れてみた結果

Youtubeでもあるし、全文の意味を理解しようとしたり、効果は、なんてご利益を期待したわけじゃない。一昨年の12月からだから、もうかれこれ一年半、一日一回、般若心経をあげている。最初に言い出したのは母だった。当時77歳。

良いこと起きるんよ

なんとなく始めたお経を読む、という習慣にいたく感激している母。良いことが続いてる、という。どんな良いことか、っていうと、たまたま欲しいものが安かった、とか、偶然、順番が回ってきた、とか、運良く切り抜けた、とか、まぁ、へぇ、ラッキーしたね、という感じのことばかり。

『死後の世界を見たおばあちゃんの話』はこちら→https://alajaponais.com/%e6%ad%bb%e5%be%8c%e3%81%ae%e4%b8%96%e7%95%8c

お経を始める=何か起きるのでは、という期待アップで、良いことをひねりだしてるのかもしれないね、と二人の意見は一致していた。でも

それが大事なんじゃない?

自分はラッキーだったわ、と思うこと、このぐらいですんでよかった、と思うこと、ポジティブ、前向き、これ大事。同じハプニングを、良かった、ととれる人と悪かった、ととってしまう人が存在するなら、敢えて良かった所を努力して探すといいよ、って聞く。

そもそも般若心経って何なん?

宗派とか関係無いんだって。浄土真宗とか、門徒、とか、そういうことではなくご先祖への語りかけなんや、と母はどっかから聞いて解釈したという。要は気持ち。自分と血のつながってるおじいちゃん、おばあちゃん、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、、は自分が楽しく幸せに暮らすことをまっ違いなく望んでくれてるはず。だって、もし、自分に子供がいて孫がいてそのまた子供がいて、、てなったら、彼らの幸せを願わないわけがない。そうなると言いたくなるのが

ありがとうね

ありがとうね、いっつも見守ってくれてて。ありがとうね、応援してくれてて。ありがとうね、大事に至らないようにしてくれて。ありがとうね、気づかせてくれて、、ありがとう、ありがとう、、

お仏壇でも、神社でも、何でも、神様とか仏様とかに対して目をつむって手を合わせる時、「どうか◯◯になりますように、、」と、お願いごとをすることがあるけど、神様、仏様側からしたら、あーしてください、こーしてください、ばっかやと、

こんなに幸せでいられてることに気づかず感謝せず今の生活に不満なんやな、

ってええ気にならないよ、と。だからまず、「いつもありがとう、、」って始めると、「お、わしの働きっぷりに感謝してくれとるんやな、どれ、なんかお願いないか、きいたるで。」ってなるのに、っというのを、夢をかなえるゾウで、ガネーシャが言うてたことを思い出す。

本当じゃないかな、それって。自分の気持ちひとつ、捉えようひとつ、みたいな、ね。

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